愛宕山  平成2(1990)年1月2日ㅤ

前日はあまり気が進まなかったのだが、前夜から急にバタバタと準備にかかり、朝ウーロン麦茶をテルモスに詰め、ローソンで田舎風おむすび(3個入り280円)及び森永キャラメル(55円)を仕入れ、8時のバスで出発。
 桂で乗り換え、嵐山行きに乗って待つ僅かの間の寒いこと。
 嵐山からバスで清滝へ。

9時55分に歩き始める。いつかこの川へ降りる坂道がガチガチだったことがあったっけ、などと考えながら行く。10時一の鳥居をくぐり、参道にかかって前後を見ると、何と人の多いこと多いこと。まるで心斉橋並みである。
 相変らず坂道に続く石段続きである(当たり前である)。二合目、三合目、一向に高度が稼げない。早くも疲れてくる。情け無い。体力的に早くも衰えたのか。一人だとあまり感じないのに、心斉橋並みの人込みの中では追い抜かれるので殊更それを感じる。
 他人の2倍以上も休んだおかげで五合目に着いたのが11時過ぎ。尤も愛宕山はここまでがしんどいのではあるが。
 七合目からボチボチ雪が目につき出す。だんだん白さが増えてくる。降りてくる人がアイゼンをつけていたり、手に持っていたりするところを見ると、ヒョッとすると上は凍っているかも。

11時半水尾別れに着く。数年前水尾に降りて足がバカになってしまったことをおもいだす。テルモスからお茶を補給するが、立ち止まるとゾクゾク冷えてくる。フト参詣道を見上げると真ッ白である。こりゃ大変。でも登りだからとアイゼンは出さずに登りにかかる。出来るだけ真中は歩かず、道の端のあまり踏まれていないところを歩くが、それにも限度があり、ツルッとくること一再ならず。

例のシキミをぶらさげて降りて来る人が多い。前後の人の話を総合すると、京都ではこれを置いとくと1年間無病息災。翌年新しいのを授かってきて、古いのは“どんど”(大阪では“とんど”)にくべるのだそうな。

苦労の末、12時やっと境内に着く。真ッ白である。焚火禁止の立札もものかは、盛んにやっていること。

相変らずガチガチで怖い石段。あまつさえ下向きに傾斜しているという恐ろしさ。よくアイゼンを付けないで登っているヨ。本殿に到着してどれだけホッとしたことか。

参拝の後本殿脇で昼飯。もう蔭という蔭は一杯である。おむすび3個ペロペロと入ってしまう。いったい先日の倶留尊山でのヘバリは何だったのか。久しぶりのせいか。気温のせいか。体調のせいか。
 どんどん後から後から昼飯組が到着するのでそこそこにして立ち上がり、アイゼン、スパッツ及びスキー手袋を装着。降りにかかる。12時50分。アイゼンを付けるとこれだけ違うものか。石段が全然怖くない。

月輪寺道を右に見送り、地蔵の辻を越えて進む。フトふりかえると登りのときに元気よく自転車を担いで追い越していったやつ(高校生?)が悪路と苦闘している。がんばれよと心で言いながら進むが、いつになっても追い越してくれない。
 そのうちに広い道がハタと行き止まりになる。僅かに踏み跡が下りのブッシュに突っ込んでいるのでそれをとる。でも一向に道らしくない。急斜面をほぼ50mほども降りたろうか。前方に人影。よく見ると中年の二人連れ。五つ六つ年上だろうか。「どうしたんですか」「いや、道がないんですよ」(エライコッチャ)「首無地蔵へ行くんでしょ?」「そうなんですがね、まき道と尾根道の筈やのに、これははっきり間違いですワ。戻らんとしゃあないですナ」。ホンマにしゃあない。

間違えて戻りを登るくらい腹の立つことはない。結局林道工事の手前まで戻ってユリ道が右へ出ているのを発見。小さな褐色の標識が、それも逆戻りしたとき見える位置に着いている。“これじゃ見えねェじゃねェか。大体ここは前も間違えたところじゃなかったか”との思いがよぎる。20分はロスしたろうか。自転車の高校生はここも担いで先に行ったのだろうか。
 ここからはどろんこ道。ときどき両側がオープンの所があるが、風がよく通ると見えて、そこだけは雪が溶けず、真ッ白である。

1時45分首無地蔵を通過。神護寺道をとる。すぐまた林道に出る。またいやな予感がする。大体林道工事はハイキング道をぶった切り、案内板をどぶにたたきこみ、排気ガスの手助けをしているだけではないのか。直谷でもそうだった。必ずこちらの第一感を狂わせてくれる。

暫く目を皿のようにして行くと、左のブッシュに高雄神護寺の標識があり、これこれと勇んで踏み込む。何と背を越すような笹の繁みでビショビショになる。しばらく行くとまた元の林道に出てしまう。林道が二つに分かれたところなので迷わず左をとる。「この道はいつか来た道」みたいな感じで進むと間もなくまたもや行止り。だかわいわんこっちゃない。戻る。林道分岐でさっきのおっちゃん二人に出会ったので「この先行止りですよ」と忠告。でも当方のアドバイスが信用されなかったのか二人はそのまま行く。「勝手にせえや」。こちらは右の下り林道をとる。

もうどんどん林道を下る。全く面白くない道だ。山道(地道)はいいのだが、ときどきドン、ドンと跳び降りるところがあったりして下り専一になる帰途で足を傷める。この点林道はまだましかもしれない。間もなく舗装道になったのでアイゼンを外し、手にぶらさげて歩く。

もういい加減山道にといったところで地道に入る。ここからが神護寺裏山道といった感じで、杉、桧の薄暗い道である。ポツポツ雨が降って来る。だんだん足がいうことを利かなくなってくる。おまけに道は地道の林道から山道に変わり、ドン、ドンと跳ぶ道、濡れた岩の露出している道、細い道(足を一直線に進めねばならない、いわばモデル稼業を要求される道)、木の根っこのとびでている道・・・etc. 自然の道で最高なのだが、願わくば元気な足で歩きたい。
 あまり変化のない長い道(ちなみに愛宕山から神護寺間は約10q)の終りを告げたのは3時過ぎ。神護寺の多宝塔のそばに出てホッとする。山門の脇でザックをおろし、スパッツをはずし(泥んこ)アイゼン、手袋、カメラ等全部収納して身繕いを済ます。この寒いのに、開いてもいない寺見物に来ているアベック2組と家族連れ3組。

がたがたの足を引きずって高雄のバス停に上がったのが3時半。何をする暇もなく、すぐJRバス(四条大宮-京都駅行き)が来たので乗る。楽に坐れたためうとうとと寝てしまった。4時四条大宮着。満員の阪急急行に乗って帰途につく。