岩湧山(いわわきさん滑落の記  昭和61(1986)年3月1日

先日買ったガスクッカーが楽しみで2回目の山行きを試みる。アイゼンを用意し、ローソンでインスタントやきそばを1つ買って出発。難波経由紀見峠駅10時着。曇り。

駅前に1人屈強の中年男子が身繕いをしている。早朝山行きを済ましたのか、それとも長距離に備えて入念な身繕いをしているのか。ほかに人影はない。
早々に駅前を左にとり、ホームの切れたところで踏切を渡り、なお線路沿いにゆく。

三石山(みついしやまへの分岐を見送り、やがて右下に南海電車の紀見峠トンネルを見下ろしながら、道は左の根子川(ねこがわ谷にはいってゆく。

このあたりから雪ともみぞれともつかぬ白いものが舞い、林道は前日からの雪で白一色である。

10:30やがて越ヶ滝(こしがたきの分岐にかかる。休憩用の小屋が1軒。左下の谷には滝がかかっている筈だが、降りないと見えない。相当深い谷のようで今回は割愛する。

林道に別れを告げ、右手の登山道にとりつく。木が払われ、高圧鉄塔がそびえて左手に三石山の展望がよい。道は最近出来たような新しいガレ道。ややあって急なジグザグ道となる。喘ぎつつ高度をかせぐ。寒いのに汗は並に出、タオルはグショグショ。尾根近くなるにつれて地面を覆っている雪は風のためか滑り易くなる。アイゼンなしではツルツルとよく滑る。

11時尾根筋にとびだす。ここは3合目。右へとれば紀見峠経由金剛山への縦走路、左岩湧山への道と合わせて「ダイヤモンド・トレイル」と名づける。

休憩用のベンチなどあり。北は河内長野方面に開け、展望がよい。雪は縦走路で約10p、吹溜りで20〜30pあり一面真白。

小憩後出発。尾根道はなだらかで歩き易い。ところどころ下り道を左右に見送ってやがて11:30南葛城山分岐に出る。

左を取れば南葛城山。例により杭にカメラをひっかけてタイマーで記念撮影をし、右の道を取って更に進む。

★ 道は樹林帯で殆ど展望はきかない。
大平の凍豆腐小屋跡(緩斜面でそれらしいところがあった)を過ぎ、やがて11:45五ツ辻に出る。あちこちへの下り道が左右に延びている。そのうちの右の1つが岩湧寺への巻き道なのである。兼松新道が危ないと思ったら、より滑落の危険の少ない巻き道を取るべきであり、時間を厭わずここまで戻るべきである。(これは経験者のみ語り得ることなり)

しばらく行くとコンクリ造りの展望台の跡のようなものあり。古い案内書によれば茶店と展望台があると記されている。展望台といっても前は樹が生い茂り往時の面影はない。第一何も“展望”出来ない。茶店は跡かたもない。展望台のそばに付属しているのかも知れないが。

12時兼松別れ(岩湧山東峰)に至る。思わず嘆声が洩れる。霧氷の見事なこと!! 曇天で、しかも林の中でやや薄暗かったが、そのためかえって木々に着いた氷は別世界の趣があった。ここにも茶店があったということで、往時の盛況がしのばれる。ここから岩湧山まではすぐ。

一旦高度を下げて林を抜けるると、目の前にカヤトの黄色で鮮やかに彩られた岩湧山頂がみえるではないか。あとは一気に頂上(西峰:897.7m)に登る。

時は12:30。曇天ながら眺望はよく、金剛山、河内長野、一徳坊(いっとくぼん山などが指呼の間。頂上はやや広い台地状になり、100人くらいの団体でも大丈夫。ただジュース缶、ポリ袋などが散らばり、見苦しいことこの上なし。風はあまりないが、やはり寒い。例により記念写真をとり、一休みして靴にアイゼンを装着して出発。ここで1人登山者に遇う。

兼松別れまで戻り、本日のメイン・エベント!!新道下りにかかる。すぐ急な下りになる。やはり思っていた通り・・・・というより、思っていた以上の急坂。新道といい条、踏み跡らしきものが雪の中に僅かに見える程度。トレイルといえたものではない。
雪は凍っていない。しかし積雪のないときでもズルズルと滑る斜面だけに、新雪が乗っているとよけい滑り易い。もうアイゼンも何もあったものではない。とにかく木につかまり、ズルズルと滑りながら次の(下の)木に飛びつくことの連続。とにかくはっきりしたトレイルがないので、それらしきところを辿りながらこの作業を続けなければならない。

その何回目かのことであった。それまで何とか利いていたアイゼンが、その時に限って何故か利かず、踏み出した右足がズルッと流れた。次の木までは遠い。つかまるものはない。首にかけたカメラもこの時ばかりは意識の外。「尻から落ちてバランスをとって坐った状態になろう」などと順序立てて考えたわけではないが、とにかく左足を曲げた状態になって「着地」した。
その時である。内側に曲がってひねった右の膝が「コキン」といったのは。瞬間(しもた!)と何故か思った。
過去の山行きで何度か痛めた右の膝。水尾道を下った愛宕山、高山から明ヶ田尾、鉢伏を経て五月山を降りたときなど、いずれも下りで右膝が痛くなり、2〜3日は痛さにうなったこと。瞬間、走馬灯のように頭の中を駆けめぐる。
とりあえず帰らなければならない。痛いなんて言っておれない。立ち上がった。やはり少し痛い。しかしここは名だたる岩湧山の斜面、通る人があるわけではない。先ほどの人もここを通る保証はない。とにかく岩湧寺まで下ろう。そうして悪戦苦闘がはじまったのである。

いずれにしてもトレイルがはっきりしないのがこの道。ただ地図とカンに頼るしかない。幸い今まで方向カンだけは外したことがないし、仮にあってもすぐリカバー出来たことでもあり、それを頼みにしゃにむに降りた。途中にワイヤロープが一部張ってある。「これが滑ったところにあったらよかったのに」独りブツブツ言いながら降りてゆく。たしかにロープがあるとないとで大違いなのである。
ようやく滑らずに歩けるところまで来て樹林帯に入る。痛みはずっとあるが歩けないほどではない。とにかく我慢だ。我慢の子だ。降りなきゃどうしようもないのだ。そう自分に言い聞かしつつ降りる。岩湧寺の本堂が見えるところまで来たときはホッとした。

時に1:15。何はともあれ腹ごしらえということで、境内で湯を沸かし、インスタントやきそばをつくって食べ、コーヒーを飲む。(このころ頂上ですれ違った人がノンストップで傍を通って下山)本堂の前で写真をとり、小憩ののち下山にかかる。

動けなくなった時はその時と腹をくくり、寺をあとにする。つづら折りのやや広い道。日陰には雪が固まり、車道といえども足もとが危ない。そうでなくとも今は足の状態が普通ではないのだ。今やったら今度こそ歩けなくなる。そう考えてソロリソロリと下る。車道は依然急なのである。
 上の組で道を右にとり、竹のタワに向かう。三日市方面へまっすぐ降りても、途中のバス便の保証がないのでこの道を取ることにする。ここは賀田川の谷から流谷(ながれだにに越える(たわである。そのため道はまた登りになる。足はなんとかゆけそうである。
竹のタワで車のためのバイパスが出来ているが、山を巻いて遠道になりそうなので竹のタワの峠道に踏み込む。ここで2つに分かれた道のうち、遠そうな右を捨て、真直ぐそうな左を選んだのがまた間違い。最初はよかったが、次第に道が道でなくなり、そのうちに木の枝、草など手当り次第つかまないと滑って登れないという急斜面にかかった。しまったと思ったときは後のまつり。振り返れば分岐は遥か下。もう登るよりない。しまいには薮に迷い込み、ここを通ったのは俺が初めてじゃないかなど気楽なことを考えながらよじ登る。
悪戦苦闘の末ようやく尾根に出る。しかし当然ながら向うへの下り道がない。「最初右への道を登りゃよかったのだ」ということで、尾根を右へ辿ると200m位行ったところに峠を見つける。これがかつて「竹のタワ」として利用された峠なのだ。いまはハイキング道としてしか利用されていないらしい。あとは下るだけだ。

しばし行くと流谷の源頭に出る。道は上の組から林道を経て来た道で舗装完備。やや開けた谷の両側の狭い田圃のそこここに散在する農家。やはり南河内の山間に来ただけのことはあると妙な感心をしつつ行く。

右に入ってゆく道は殆ど岩湧山への登山道である。

そうこうするうち天見(あまみ八幡神社にかかる。道の左に勧進杉の巨木がある。ズームを広角一杯にひろげ、カメラを斜めに構えて漸くその全容がファインダーに入るほどのデカ物。杉の木のそばの深い谷川にかかる橋の向うに、素朴なただずまいの八幡さんが見える。遥かに敬意を表して一路天見駅を目指す。

国道170号線の車の波を横切り、天見川を渡って、ああ漸くというか、とうとうというか、やっとというか、とにかく電車に乗れるところまで辿り着いた。その天見駅の何と頼もしく(?)見えたことよ。岩湧寺から竹のタワ越えで天見駅まで約6kmを2時間足らずで歩いたことになる。早速駅前の公衆電話から家へ、無事(?!)下山の旨TELする。時に3:45。
ガラガラの電車に乗って一路家路についたが、難波に着いて下車の際、曲げていた右足を伸ばそうとすると飛び上がりそうに痛い。ジワジワと時間をかけて伸ばさないとダメ。ここで(これはヒョッとすると明日1日休むだけでなおるかナ)という心配がチラッと頭をかすめる。
日本橋で地下鉄に乗ってもそれは続く。坐ろうとして膝を曲げようとすると、これがまた痛い。ゆっくり曲げないとだめで、これは相当炎症を起こしているのではないかと悲観的になる。山田からはとうとうタクシーでご帰舘と相成って、さしもの大活劇も第一幕の幕が降りたのである。

[第二幕]
3月3日の朝一番に新千里病院へゆき、X線検査の結果、即入院。担当医:庄司先生。5日手術(膝内視鏡検査)、すぐギブスを右腿から足の甲まで巻かれる。9日退院。毎木曜通院。27日ギブス外れる。18,19日、賃上交渉準備ほかのため、乞われて差し回しの車で出社。29日まで有給休暇。3月31日から出社。