豪雪の高見山初登頂  昭和59(1984)年2月5日

   

H社は小さい会社だったが、あちこちにそれなりの先達がいてお世話になった。工場には毎年北アルプスを小屋がけ、天幕がけで縦走するツワモノがいた。その話を聞いたころは凡そ自分のやることではない、と思う乃公であった。しかしカブリーダーを勤め上げてからというものは土日に歩かないことに罪悪感(笑)をおぼえて出歩くようになった。その様子が伝わったか、Hさんに「樹氷を見に行かヘンか」を誘われたのがこの高見山であった。軽く返事したものの自分なりに準備を始め、情報を集めだしてから“そうか、ポンポン山に行くような訳にはゆかない”ことに気が付く。でもどこかで軽く見ていた自分を否定できない。(ページ作成2012年)

Sample
【車窓から高見山を遠望】当時、近鉄吉野線上市駅から路線バスがあった。木津こつ峠トンネル(旧道)を抜けて目に飛び込んでくる光景がこれ。中央(onmouse-upする)に薄く鋭角に突き出すのが高見山。




【いざ出発】杉谷集落のバス停で降り、数軒の人家の裏からまず小峠目指して登り出す。ここで標高凡そ470m余。メンバーはHさんとその子息とその友人、近藤さん、Oさんと乃公の6人。




【小峠で昼食】高見峠から西方約1kmにある小峠。時間もそこそこであったことから昼食にする。Hさんから“暖まりまっせ”と頂いたのが梅酒。ドジな乃公はおのれの下戸を忘れてしっかり頂いてしまった。腹ごしらえも出来て高見山稜線へ鳥居をくぐって、いざ。




【尾根筋の樹氷@】梅酒がしっかり利いて(笑)、この豪雪のなか足許がフラフラする。時折下山者と行き交うが、左右どちらかの新雪の中に寄って道を譲ると、途端に腰まで足がめり込んでしまう。さして危険を感じないものの、余計なエネルギーを消耗する。




【尾根筋の樹氷A】Hさん。樹氷バックに撮って!ということでこの位置を決めてもらったが、ここはめり込まなかった。尾根の幅が基本的にヤセ尾根な中でたまにこういう個所もある。




【高見山頂上@】標高1,248.9m。大台山系から北へ向かう台高山脈が大きく東へ向きを変える、略その屈折点に位置する。ここから東へ向かうと、同様に樹氷で有名な三峰山みうねやまに至る。




【高見山頂上A】高見山はとんがり山で、尾根を南西から東北に引き、基本的に南北側は切れ落ちている。ガスっている今日でも下界がそれなりに見える。




【尾根筋の樹氷B】下山コースはいくつかあるが、この雪の中では往路を戻るのがベスト。角度を変えた樹氷を楽しみ、さっき落ちた道は避けて高度を下げてゆく。




【尾根筋の樹氷C】皆さん若かったのか、怖いもの知らずだったのか、近藤さんを除いてストックなしだった。今回の写真枚数の少なさは、カメラなど歩くに直接関係のないものの介入を許さなかった自然の厳しさと深い関係がある。ましてストックなどはある意味邪魔だったのかも。




【オワ】バス停にたどりつきバスを待つ。我々以外に一人だけ見える。道路は凍りつき、簡易アイゼンでも怖いくらい。でも今日は樹氷をふんだんに見ることができてしあわせだった。Hさん有難う。今回が前後3回訪れることになった高見山樹氷登山のいとぐちになった。



ㅤ帰路は往路を戻ったと記憶している。あと2回の高見山登山は樹氷が減少してゆき、今回が最高だった。上市からのバスはその後なくなり、近鉄大阪線榛原駅からタクシーで往復というように変わってしまった。