高代寺、そして吉川城址  2007年5月14日

♥ 独行 ♥

高代寺:正式には真言宗七宝山薬師院高代寺という。弘法大師が開祖と伝えるが、多田源氏の庇護によって10世紀中葉大伽藍を擁するまでになったという。妙見山の西に位置する高代寺山の頂上直下に位置し、豊能町吉川から参道がある。

12の町石の存在を聞いていたので気をつけてみたが、自然石で刻字も浅く草や石垣などに埋もれて判然としない。結局3〜4基確認したにとどまった。参道、頂上、寺境内、吉川城への尾根道、いずれも展望は殆んどない。。。。。里山の緑を満喫したのが今日の最大収穫であった。総歩数 13,413歩。

どこか榛原・鳥見山登山口を思わせる。谷あいに棚田。

四町」と刻字のあった町石。

溜池に咲くフジの花。クリックで花が拡大

左へ旧山下道を分ける。この道もいつか歩いてみよう。

六地蔵。六道(地獄道、餓鬼道、畜生道、阿修羅道、人間道、天道)のちまたに立ち、縁なき衆生をも救うという。

これも六地蔵。左のものよりやや新しいか。

途中あちこちに群落をつくって今を先途と咲き誇るシャガの花。

参道脇にひっそりとホウチャクソウ(宝鐸草=ユリ科: K大人に感謝)。

高代寺山頂上(488.7m)の二等三角点標石。まわりは鬱蒼とした木立で眺望はない。クリックで標石が拡大

山頂と高代寺の分岐で見かけた“閼伽井御神泉(あかいごしんせん)”。山の上で湧水が貴重だった名残りだろう。

良寛碑の前から本堂への石段

鐘楼の手前に良寛の歌碑。良寛が参籠したときのものとか。

本堂への石段途中にある宝篋印塔。18世紀頃のものという。

ひっそりと、明るく本堂。幟は「南無薬師如来」とあった。

吉川城址への尾根道途中にあった五輪塔。14世紀のもの。因にこの尾根は府県境。

尾根の途中標高約370mのコブ地点を削平した吉川城址。ここは木を伐採したら確かに黒川・吉川両方を見張るのに絶好地点と思われる。

最後の鞍部を右に降りると八幡神社境内。

吉川城址から北東に妙見山(右・木間隠れ)とその西方の547mピークを望む。ここではじめて展望にありついた