この記事はさえらのすしが参加できなかったAZハイキングの記録で 写真撮影者K氏のお許しを得て掲載する。多謝。



第5回 奥飛鳥、石舞台〜猿石

 

日 時:2001年9月22日(土曜日)

コース:近鉄・飛鳥駅→0.8km10 分→国営飛鳥歴史公園館→0.5km 10分→高松塚壁画館→0.3km 5分→高松塚→0.3km 5分→文武天皇陵→2.0km 40 分→稲淵[勧請縄]→0.2km 5 分→石橋(いわはし)[別名 飛び石]→0.2km 5分→南淵請安墓[遣隋使南淵請安の墓]→0.4km 10分→《来た道を稲淵まで戻る》→1.7km 30分→石舞台→0.8km 10分→岡寺→1.7km 30分→橘寺→0.8km 10分→亀石→3.2km 60分→鬼の俎・雪隠→3.2km 60分→猿石→3.2km 60分→近鉄・飛鳥駅 全行程約11`b

出席者:小川氏、門脇氏、門脇氏、木津氏、小笹氏、近藤氏、佐々木さん、眞常氏、高木氏、富山氏、森氏 他特別参加 野本さん、上野さん 計13名


天気が良い上に、今日から「明日香 彼岸花祭り」とかで飛鳥駅前は可成り混雑していました。予定出席者12人、駅前案内所で「飛鳥王国」のパスポートを100円で買って出発。
 歴史公園館から高松塚壁画館に廻ったところで思いがけず野本さんが合流、高松塚から文武天皇陵[天武天皇、持統天皇の次の第42代天皇]を経て野道に出ました。空は真っ青で、気温も快適、彼岸花もほんの一寸満開を過ぎたかと云う程度で、鮮烈な赤が目にしみました。
 緩い登りの自動車道を1`b足らず辿ったところから、右へ折れて山道に入りました。短いが、やや急な登り道を過ぎると涼しい木立の中でした。急に視界が開けて、飛鳥川から稲淵の集落が見えました。ここが上平田峠で、棚田の中を縫う農道の両側には「案山子コンテスト」の案山子がずらりと並び、色づきかけた稲穂の間の真っ赤な彼岸花に、大きな三脚持参のカメラマンが群がっていました。
 緩い下り道を綺麗なヒガンバナや凝った案山子の写真を撮ったりしながら下り、正月以来の風雨に曝されて今は見る影も無くなった勧請縄[男綱]の下を潜って、稲淵の部落に入りました。「飛び石」で川縁に降りて、集合写真を撮ろうとしましたが「明日香を護る会」の大部隊が来たので、早々に退散しました。
 遣隋使「南淵請安」の墓のある丘に登り、桜の木の陰や、ツルボの花が咲き乱れた草原で弁当をひろげました。
 来た道を少し戻り、特産品臨時売店を冷やかしたりして、石舞台に向かいました。数は少なかったのですが白花のヒガンバナも見かけました。途中から左に折れて小道に入り、素朴な子孫繁栄を願う民間信仰の石造物を横目に、木立の陰の道を通り、飛鳥御輿や太鼓台が準備されステージが作られていた芝生広場を越えて石舞台古墳を見学しました。
 朝の予想に反して汗ばみかけたこともあって休憩所で100円のアイス等を楽しんでから、一寸した山道の「飛鳥周遊道路」を登り、草に埋もれかけた石段を下ってから、最後の急坂を登ると岡寺の山門でした。日本最大・最古の塑像「如意輪観音」を本尊とする、我が国最初の厄除け霊場にお参りして無事故を祈りました。
 急坂を下って、岡戎のバス停で「橿原神宮」にバスで帰る希望者を聞きましたが全員お元気で、近鉄まで歩くと云うことでした。聖徳太子誕生の地と云われる橘寺で、二面石等を見て小休止、その間も熱心に収納庫で寺宝を拝観した方もおられました。
 車道を避けて、「周遊歩道」を「亀石」、「鬼の俎・雪隠」、吉備姫王墓の「猿石」と辿りましたが、「天武・持統天皇陵」はミスしてしまいました。出発地点の飛鳥駅に戻り、小川さんの御努力で見つけていただいた、こざっぱりした「ペンション飛鳥」で、これ以上望むべくもないような好天に恵まれた例会を祝してジョッキを傾けました。

[木津 記]


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